「行くなら無人の孤島に10年住むか、仲間と一緒に戦地に1日行くか?」とか「もしやるとしたら崖のすれすれで逆立ちか、幽霊の出る廃墟で肝試しか?」とか

子供の頃誰かに聞いたり、答えを求められたことくらいはあるだろう

そのとき本気で悩んで出した答えは笑いの種になる

だって実際にそんな二択を迫られる現実など訪れないのだから

 

 

「ユハニってヤツ…居るか?」

低い男の声が鍛錬場の中に響く。その声に各々訓練していた兵の手が止まる。勿論、呼ばれた本人である彼も手合わせしていた仲間と同時に手が止まっていた。

鍛錬場に居る全ての兵たちの目が呼ばれた彼へと注がれる。

「…あ……じ…自分であります!!」

興味津々に注がれる視線を感じながら彼は声の主の下へと小走りに足を進る。

「お前が…ユハニ一等兵か?」

「ハッ!そうであります!!」

先ほどの彼の位置からでも髭を生やしているのが見えたので自分よりもかなり上の人間であろうと敬礼しながら質問に答えると同時に目の前の人物をマジマジと見つめる。

(…どこかで…見た?…何時だっただろう?)

目の前にある灰の髪と少し垂れた赤い瞳に見覚えがあった気がして記憶を探ろうとした途端「まぁ…ちょっと付いて来いや」と歩き出されてしまったので、彼はただ置いて行かれない様に付いて行くしか出来なかった。

 

 

「連れて来ました」

目の前の背中が止まりノックした扉は一介のしかも一等兵である彼が軽々しく入ってはいけない部屋の扉だった。

外開きの扉が重々しく開く音は彼の鼓動を否が応にも早める。

こんな場所にどうしてぼくを?と口を開く前に見上げた顔が中に入れと命じている。

促されるままに扉の中に入った彼を冷たい声が迎えた。

「ご苦労、セレスタン…そして良く来たな、ユハ二一等兵」

その言葉でどこかで見たと感じた隣に居る男の正体に気がついた彼は入室の挨拶も忘れ、もう一度マジマジと隣に立つ男の顔を見つめる。

(…!!!そうだ…この人は…セレスタン将校じゃないか!!)

それならば先ほど彼がどこかで見たと感じても可笑しいことではないし、思い出せなかったのも無理は無い。式典のときに遠くから何度か見たくらいの上官の顔が瞬時に判る人間は瞬間記憶の達人か、式の間中小声で騒ぎながらセレスタンを見つめていた新入の女兵士くらいだろう。

じっと見つめられて居心地が悪いのかセレスタンはがしがしと首を掻くと「じゃ、任務完了って事で…」とそそくさと部屋を出て行ってしまった。

取り残された彼が部屋から出て行く背中を呆然と見つめていると不機嫌な冷たい声が閉ざされた広い部屋の中に反響した。

「…最近の若い兵は挨拶も出来んのか?」

「…!!…すみません!ぼく…じゃなくて自分はぺダン軍一等兵ユハ……」

混乱しながらも慌てて頭を深く下げた格好のまま動きが止まる。

彼の眉間に皺が寄り、頭の中に次々と答えを求める彼自身の声が聞こえる。

 

((この二人…セレスタン将校を見た日と同じ日に遠くから見たんじゃ無かったっけ?))

((その時目の前の二人のことを何と紹介されたんだっけ?それでさっきぼくを窘めた声は誰だと自己紹介していたっけ…))

 

その答えが彼の頭に出た時、下げた視線が少しだけゆっくりと持ち上がり目の前に居る人物を再度瞳に捕らえる。

(な…なんで……ぼくは…ただの一介の兵士…なのに……)

蘇った彼の記憶が正しければ彼を迎えた声はこの国の女将軍のものであるし、今、目の前に座り面白そうに彼を見つめているのはこの国の若き国王だった。

 

 

 

「…とりあえず座れ」

指で示された椅子に「し…失礼します!」と裏返った声で敬礼してからゆっくりと腰を掛ける彼を見て「そんなに硬くならなくて良いよ?」と国王はさらに笑顔を深くする。

恥ずかしさと緊張で俯いてしまった彼の顔を、女将軍の淡々とした声が上げさせた。

「ユハニ一等兵…一等兵という事は志願して軍に残っているという事だな?」

「は…はいっ!」

判りきった事を聞かれているのにいちいち緊張してしまうのはこの状況では仕方のない事だった。

次は何を言われるのかと青くなって固まってしまった彼は続いた不可解な質問に面食らう。

「では…忠実なぺダンの兵士よ、この国が危険に晒されているとしたらどうする?しかも我が軍から出た裏切り者によって……」

 

彼は何故急にそんな質問をされたのか判らなかった。

もしかしたらからかわれているのかもしれない、とも思った。

しかし、目の前に居るのは将軍と国王だ。からかう為に一介の兵をこんな場所に呼ぶわけもないだろう。

「…自国を裏切るなんて…許せません!どんな理由があろうと即刻処罰するべきです!!」

ゆっくりと深呼吸をしてから彼が答えを口にすると、将軍がゆっくりと若き国王を振り返り、国王は何も言わず優しい笑顔を湛えながら頷く。

「ではユハニ一等…否、ユハニ上等兵…お前に任務を与えよう!」

この部屋に入ったときから変わらない冷たい毅然とした声が高らかに彼にそう告げた。

 

 

 

この時、ぼくに迫られた選択は「裏切りを許すか、許さないか」

その答えが何を決めたかなんてまだわかる筈も無く

そしてその答えがぼくの愛しくて温かい日常を壊すことになるなんて思ってもみなかった