「どうしたら…」
レストランの一室で小奇麗な格好に身を包んだ彼は頭を抱えながら恨めしげに呟くと今頃笑っているに違いない自分の主君を思う。
今彼が陥っている窮地は、なかなか結婚どころか見合いすらしようとしない彼の親友であり主でもあるこの国の王子のリチャードに対して痺れを切らした年寄り連中が「仲の良いロキ殿が結婚なさればリチャード様も結婚に興味が沸くかもしれない」というなんとも無茶苦茶な結論を出し見合い話を彼に持ってきたからという経緯があったので、履きなれない靴と着慣れない服―彼にとっては窮屈以外のなにものでもない―に身を包んでコッソリ出かけようとする彼を目ざとく見つけ散々からかった後、「とうとうお前も年貢の納め時…ってやつだな!」と本人から言われた時には主従の関係であることすら忘れて首を絞めてやろうかと思った程だった。
しかし、その後に続いた「お前には苦労をかけるな…」という一言と寂しそうな切なそうな主の顔にその思いは一瞬にして掻き消えた。彼はリチャードが謝った理由を知っていたし、彼がそのことにどれだけ苦しんでいるかも知っているからだ。
主と国と民を守るためにこの職に就いた筈なのに何でこう頭を抱える事が多いのか…と深いため息をついて頭を抱えている彼をドアのノックの音が現実へと引き戻す
「どうぞ」と簡潔にノックの音に答えた彼は、敵前逃亡は戦士の名折れとも言うように入ってくる『敵』を視線に捕らえた
流行遅れだが上等の生地で作られたと思われるドレスに幾分かサイズが大きいと思われる靴は誰かのお下がりだと分かるが、それでも彼女はそれを感じさせないほどの美しさを持っていた
だが彼の目を一番引いたのは彼女の表情だった
普通、真正面から男に見つめられれば表情の一つでも変えても良いのだろうに、彼女の顔は部屋に入ってきた時から微塵も変わっていない
ただ作られた人形のように表情の無い瞳で彼を見つめているだけであり、それどころかドアの前から全くもって動こうともしていなかった
エスコートするべきかとやっと彼が思い立ち席から離れようとすると人形が口を開いた
「『黄金の騎士様』、今日はわざわざ足を運んで下さりありがとうございました」
そうして恭しく礼をしてから作られたと十分に分かる笑顔で彼に言った
「では、気をつけてお帰りください」
一瞬、何を言われたのか分からず彼が呆然としていると、彼女は既に踵を返して部屋から出て行こうとしている
「待って下さい!」
咄嗟に引きとめようと立ち上がった拍子にテーブルに置かれていたコップを倒してしまった
「私、からかわれるのが嫌いなんですの。」
「からかうなど!何故そう思われるのです…!?」
「では何故、このフォルセナ最強と謳われて居る『黄金の騎士様』が城下の…それも商家の娘でもない私と御見合いなどされるのです?」
「そ…それは…」
行き当たりだ。などといえるはずも無く俯いた彼の目にテーブルクロスに作られた染みが映る
「正直な方…答えられない理由がおありのようですわね?…きっとなんらかの事情で強制的にさせられていると言う事でしょうか…お互いに良い返事では御座いませんこと?もし、貴方様が町娘に振られたと噂されるのがお嫌でしたら、貴方様から断った事にでもしておいてくださいな。」
用意された言葉を読むような返答、崩れない表情
彼女をそこまでさせているのが何なのかを知りたくて彼は既に部屋から足を踏み出そうとしている彼女の背中に叫ぶ
「最後に一つ聞かせて頂きたい…例え何らかの事情があってこの席に私が来たのだとしても、何故私の事を知ろうとせずに断ると仰るのですか?」
「私、“騎士”という職業が大嫌いなんです。その“騎士”の妻になるなんて死んでもお断りですわ!」
閉まりかけた扉から見えた彼女の横顔はさっきの人形のような顔とは全く違う、女神と見紛うばかりの美しい笑顔だった